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第五話 2002年はどうですか?


血相を変えて店を飛び出した吉宗であったが、なにせ会社から自宅までは軽く2時間はかかる場所にあるため急いでハイヤーを拾おうと両手を<グワッ>と力強く挙げた。もう万歳って感じで何度も何度も繰り返し挙げまくった。
余談になるが吉宗は多分お金を持っていないようだ。
なぜかそれを悟ったニアピンが急いで吉宗を追いかけてきて一緒に万歳をして涙ながらにハイヤーを捕まえてくれた。
只ならぬ吉宗の気配を察してニアピンは吉宗に問い掛けた。
『どうした菊チャン?なんでも話してくれよ、これでも一応菊チャンの先輩なんだからさ。どう打っとく?』
さすがニアピン、伊達に会社の先輩ではないようだ。医者でよく見かける筋肉注射のようなものの中に少し白濁色の水溶液が入ったものを吉宗に手渡した。
吉宗は咄嗟に危険だと察知したようである。
『ニアピン、それってシャ…』
と吉宗が疑問を問おうとしたのを強引にニアピンが遮った
ニ、ニンニク注射だよ菊チャン。バ、バカだなー何を疑ってんだよもー。やだなーもー…あれ菊チャンっていつから五つ子になったの?』
どうやらニアピンは薬物の影響で吉宗が5人に見えているようだ。
『もうどうでもいいから自宅まで向かうっスよニアピン。ところで金貸してくれよ、俺金ないんだよね。』
それを聞いたニアピンは握った拳から親指だけを力強く立ててこう言った
グーッ!全額いっとく?』
ニアピンの男気に吉宗は鼻をたらしながら泣いた。人目もはばからずに泣いた。
とりあえず財布ごと全部そっくり頂いた吉宗であった。
『ニアピン!お前も行くぞ。』
二人は素早くハイヤーに乗り込み、吉宗が行き先を運転手の
星山さん(カジャにやられたが復帰した)に告げた。
『運転手さん、俺んちまで』
こんなので通じるはずはないのだがさすが星山さん、すぐに合点が行ったようでメーターをセットした。
しばらく走ってからふいに吉宗が口を開いた
『おふくろがさ、俺のドラクエのデータを消しちまいやがったんだ。それで俺、いてもたってもいられなくなって告訴だなんだーってつい興奮しちゃって。』
ニアピンは見る見る血の気が失せた表情になっていった。
『…ドラクエのデータを消されて告訴?マジ?国によっては
最高刑で死罪だよ。こりゃーえらい事になってきたぞー、ちきしょー!』
それを聞いた吉宗、鬼のような表情でニアピンに怒鳴りつけた。
『そんな国はねーよ!!!ドラクエのデータを消したぐらいでそんなわけねーだろ。』
ニアピンは舌をチョコッと出してなんとも愛くるしい表情で吉宗に微笑みかけた。
それを見た吉宗はニアピンのボディーに一発、顔面に三発拳をのめり込ませた。
ニアピンは嫌というほど吐いた。すわ
妊娠?そんな錯覚を起こさせるほどの吐きっぷりであった。飲んで飲んで飲まれて飲んで…
運転手の星山さんはそんな情景を微笑ましくミラー越しに見つめていた。そしてふいにつぶやいた
『やすしは死んで大正解!カジャはどこに行ったんだろう?』
もちろんこのつぶやきは二人には聞こえてはいなかったようだ。
時を同じくしてここ社長邸。
なにやら落ち着かずそわそわしている社長である。
『いやーまいったなー、久しぶりの新入社員歓迎会だよ。もう一年ぶりかな?え!当たり前だって?ぶわーはっはっはっは、新入社員は一年に一回しか入らないのなんてわしだってわかっておるわい。はて?新入社員歓迎会ってなんじゃろ?とりあえず
わしにかんぱーい!!!』
自らにグラスを傾ける宗像社長は<満足>の言葉がやけに似合うほどに悦に入っていた。むろん新入社員歓迎会なんてよくわかっていない様子だ。
そこにふいに<ブルブル!ブルブル!>とドルビーよろしくケータイ独特のバイブっぽい音が室内を駆け巡った。
『ハイもしもし?え?聞こえないよ。君だれだね?え?ツーツーってわしをからかっているのか!おい、おい!』
鳴ってもいないしブルってもいないケータイに恫喝をいれている宗像であったが、どうも音の出所がおかしいかな?と気づいたようで<ブルブルッ>と音が鳴るほうへ足を近づけてみた。
気が付くとそこは宗像の家の玄関であった。
宗像はおそるおそる小さなのぞき穴から確認すると、なんとそこにはもう気が狂ったように震えて、なんかへんな超音波みたいのまで出している
川島専務の姿があった。
そんな川島の姿に宗像は恐怖心を抑えることが困難であったようだ。
『か、川島君!ど、どういうつもりだね。わしの家の前で
分身でもするつもりなのか?どうなんだ!みょーな音まで出しおって一体どうしたと言うんだ。』
とりあえず
狂ったバイブレーター川島を自宅に引きずり込み事情を聞くことにした宗像。
『まー川島君落ち着きたまえ。ほい!ブランデーじゃよ、飲みたまえ。体の芯からパーっと暖まるから早く飲みなさい。ちなみにわしもう二本目、ぶわーはっはっはっはっは。』
しきりに平常に取り繕う宗像であったが動揺した心はどうにも隠しきれない様子。
ブランデーと間違ってウーロン茶をぐいぐい飲んでいた。
その姿を見ていた川島専務は徐々に平静を取り戻しつつあった。
『プッ!社長、それはブランデーではありませんよ。
ウーロンティーですよ。臭いとか泡立ちで普通気がつくものですがね。さすが社長ですね、あっぱれです。』
やっと笑顔が出た川島専務、おかえりプロストーカー川島。
『それじゃ、その笑顔じゃよ川島君。さっきは一体どうしてあんなにブルってたんだね?君があんなに平静をみだすなんて滅多にお目にかかれんからのー。よかった教えてくれたまえ。』
ガウン姿の宗像社長は川島専務に問いただした。
川島専務はまた少し曇った表情に替わってしまった。本当にどうしてしまったんだろう。
と、突然川島がすべてを話し始めたではないか。
『堀井が・・・堀井学が・・・惨敗です!!!
学が惨敗です!!!ムネオが離党です!!!真紀子がヒステリックです!!!原監督がウェルカムです!!!それとムネオハウスがよくわからないのです!一体何がなにやらもう限界です。』
何それ?ヒステリックはお前じゃないか?と言いたいところをグッと堪える宗像社長。
宗像は川島の肩を抱き、やさしく諭し始めた。
『川島君、まず言いたいが堀井とはスピードスケートの堀井学かね?あれってもう一ヶ月前の話しだし、第一堀井の惨敗を悔しがるなら
清水や武田のほうが残念じゃったような気がするがのー。
それとムネオの離党。あれは仕方がないのとちがうか?ムネオハウスってあの日本中のビニールハウスに<ムネオ>って名前を付けちゃったんじゃろう?農家の人たちもそりゃー怒るのも無理はない話じゃないかのー。昔で言う<一揆>がおきても不思議はないからの。君だって自分の家の表札が<ムネオ>なんてなっていたら頭にくるじゃろう?だろう?え?わしの家の表札が<ムネオ>になってるだって?マジ?』
それを聞いた宗像は血相を変えて自宅の表札を見に行ったところ、確かに<宗像>の表札の上から<ムネオ>と赤字で書かれた大きな紙が張り付けられていた。その字の横では松山千春が笑っていた。
『さすがに超大物であるわし宅を狙ってきたかー、ビッグネームはつらいのー。』
と言いながらに右足つま先を<ガッガッガ>と地面に叩き、左足をやや斜め前方に出し、はすに構えて両方の足を爪先立ちにして体を沈め尻を<プリッ>っとさせ前方を睨んだ。
その姿を見ていた川島は涙を浮かべながら
リーフォーですね、社長サンクス。あなたの姿に堀井をダブらせてしまいました。今思えばリレハンメルが一番のピークだったのかもしれませんね。美しいスターティングポーズですぞ社長。』
そう言うとマイデジカメでパチリとそのりりしい姿をキャメラに納めた。
宗像社長はというとなんだかスタートの合図が鳴ったか鳴らないかわからないが、突然上半身を投げ出すような感じで左右に<カッカッカ>と地面をうまく掴みながらロケットスタートを決め込み家の中へと入っていった。家へ入った宗像は慌てて川島専務に聞いた。
『タイムは?何秒じゃ?』
川島はすぐさま答えた。
『なんと社長!
9.32秒でございます。』
社長はあまりのうれしさに空高くジャンプ&ガッツポーズ!乱れたガウンからチラリとブリーフがなんともセクスィーに覗いては隠れ、また覗いては隠れていた。時折ブリーフ右横に油性マジックで書かれた<パパ用>の文字がまぶしく見えていた。
『わしの自己新じゃーーー、清水がなんぼのもんじゃい!次はわしの時代じゃな、クックック。』
相変わらずの気の触れよう、男宗像ここにアリ。
そんな宗像の姿を見て川島が燃えないはずもなかった。
と言うより燃え滾っていた。
己の尻を右斜め前方にクイクイと前に押し出しながら、やおら<スパッ>っとトリプルルッツ、ついでトリプルアクセル、締めに1-5-4-3のトリプルプレーで対抗した。アンパイアはやや高めと知りながら今年からのストライクゾーンでもあり右手を申し訳なさそうに挙げざるを得なかったようだ。
宗像はその姿を見て驚愕としていた。
と、突然自宅二階への階段をズタズタと駆け上り、彼は一階へと飛び立った。
<ブワ!>っと気持ちいいほどのV字を開き、体と両足がもう水平になろうかと思えるほどの空中姿勢であった。頬は気持ち空気を含んでいたのかプクッと膨れ気味であった。
最後のテレマークもキチンと入れ、宗像会心のガッツポーズ!
しかし川島の採点は<15.00>わずかに宗像の右足が流れていたのを見逃してはいなかったのだ。
それでも宗像かまわずガッツポーズ連発、自分の両手で顔を覆いなにやら首を横に振っているのがこちらからも見てとれる。
よほど会心のジャンプだったのだろう
そして恐る恐る得点を確認すると宗像の顔から血の気が失せた。
それに気づいた川島専務は会心の原田スマイルでなんとかこの場を取り繕うと必死になっていた。
その川島専務のスマイルを見て宗像も愛ちゃんスマイルで対抗、なんとも子悪魔的なその笑顔にいつしか川島も宗像のことを意識することはなかった。
もう春季オリンピックイン宗像邸もようやくフィナーレをむかえそうだ。
ちなみにこのオリンピックは4日に一度の割合で行われているらしい。
他には梅雨季オリンピック、台風時期オリンピックなどがあるそうだ。

時を刻む時計はもうPM四時を30分ほどすぎたあたりだろうか?
川島が宗像に問い掛けた。
『社長、本日は奥様のマサエさまはどちらかにお出かけですか?いつもでしたらソファーで編物でもしている時間ですのにいらっしゃらないようなので少し気になりまして。』
宗像は膝をガクガクとさせながら、ゼーハ−ゼーハ−と荒い呼吸を整えてから答えた
『なんだか学生時代の古い友人と
オペラを見に行くとか行って出かけおったなー。え?なんのオペラかって?なんでも大井競馬場で東京大賞典とか言うレースがあるだとか言ってたのー。
何?それはオペラじゃないって?バカモーン!ミラクルオペラって馬が出るらしいんじゃよ。そんなことも知らずにわしに説教するなんて君いい度胸しとるね。』
川島は反論する気力も失せていた。
ふいにソファーの上にある手編みのセーターの編みかけが川島の目に飛び込んできた。
あれはなんだろう?川島はその手編みのセーターを手に取り
『社長これは奥様がお編みになられたセーターですか?なんとも美しいデザインのセーターですね。気品に溢れておりますよ。』
川島は長年培われたお世辞を爆発させた。
宗像もまんざらではない様子。
『そうじゃろ川島君。丁寧に丁寧に一編み一編み作ってくれての。
表と裏にわしのイニシャルが入っておるじゃろ、表がえーと・・・<H>で裏が<K>てな。うん!わしのイニシャルにまちがいない!
キン.フナカタじゃ・・・キン.フナカタ・・・なんかおかしいのー、間が抜けているというかなんというか何十年来付き合ってきた名前と違うような同じような・・・。て言うかわし日本人なのかなー?』
ブツブツとよだれを垂らしながら遠い目をして同じ事を繰り返している宗像。心配になった川島が肩をゆすってこちらに側に戻そうとしている。
『社長、社長!今ごろあなたはまた戦時中の妄想に入っておられるでしょうがそれはいけません。早く戻ってきてください。それとあなたの名前はジン・ムナカタじゃないですか、強引にイニシャルにあわせなくていいんですよ。イニシャルごときなんですか、小さなことですよ。H.Kでしょ、私のイニシャルと一緒ではないですか。
Hikosuke Kawasimaですからね。私のイニシャルと一緒・・・もしかして奥様は私のために・・・そんな、まさか。』
その言葉を聞いた宗像はようやくこちら側に帰還したようだ。
何かすべての合点がいった表情であった。
『川島君、それわしがマサエに頼んで君のを編んでもらったものなんじゃよ。それをすっかり忘れてなーにが<
キン・フナカタ>だか何を勘違いしてしまったんだか、先ほどは取り乱して申し訳なかったね。
その代わりまた戦時中のことを思い出してな、朝鮮に行っていたころにキムの背中に毛虫を入れたときのあいつの顔ったらなかったのー。君にも見せてあげたかったよ。内山なんてその姿を見て溜まっていた尿道結石があまりのおかしさに・・・・・』
川島がその言葉を遮った。
『いいですか、ハッキリさせておきますけど
あなたは戦争には行っていません!なぜなら戦後の生まれなんですよ。だいたいなんですか、キムだとか内山って、いったい誰なんですか。私は社長が小さいころから知っていますがそんな知り合いはいないはずですぞ。』
宗像は何も反論できずにモジモジモジモジしているだけであった。
その姿を見た川島はなんだか宗像がかわいそうになってしまい、また冷静さを失ってしまった自分を恥じた。
『社長出過ぎたことを言ってしまい申し訳ありませんでした。話は変わりますが2002年日韓共催のワールドカップはどうなりますかね。うまく成功すればいいのですがこればかりは始まってみないことにはわかりませんからね。』
とりあえず話題をそらした川島であったが、これが功を奏しすぐにこの話題に宗像はむしゃぶりついてきた。
『ワールドカップかー、
バレーボールのでしょ?いつもなぜだか21:00にはきちっとテレビ中継が終わっちゃうんだよね。あれって新しい大会の度に新生ジャパンになっとるけどあれじゃー前に進まんよね。しかも世界大会が毎年のようにあるんじゃ重みってものがなくなりゃ−しないのかのー。』
川島はその話を呆れ顔で聞いていた。と言うよりも聞いてもいないかのようであった。
『川島君なんかへそ曲げとらんかの?もしかしてワールドカップってピンポンのじゃったかな?すまんね−川島君、わしピンポンは君ほど詳しくはないからのー。』
あまりの的外れな意見に業を煮やした川島専務は適当にワールドカップについて説明をしてあげた。
『社長、ワールドカップとはサッカーのワールドカップですよ。最初に言ったではないですか、日韓共催と。今盛んにメディアで取り上げられているのにあなたは知らないのですか?
地球上で10億人がこのワールドカップを見ると言われているほどの世界一のスポーツの祭典ですぞ。中国の国民全員が同じ日に同じテレビを見るようなものなのですからその凄さがわかると思いますがね。』
話すほどに興奮してきた川島専務の話を<うんうん>とさもわかっているような姿の宗像。
『わ、わかるよ川島君。わしもフィリップからピークは6月に持ってくるようにって言われとるからの。
ただフィジカル的にどうかなとも思っておるんだがな。なんせ今年で55歳じゃからさすがに筋力なんぞも若いころに比べて落ちているのは否めんしの。しかし55にもなったわしの肉体を求めるなんてフィリップはモーホーなのかな?』
これを聞いた川島はすでに返事すらしなかった。
ちらりと時計に目をやり
『社長そろそろ新入社員歓迎会の会場のほうに行きませんと時間に間に合いませんぞ。
そんなガウンでブリーフ丸出しの姿から早く着替えてください。』
川島は宗像邸の洋服ダンスを物色し始めた。
しかし!どの洋服ダンスを見てもデザインは違うもののどれもこれも
ガウンしか入っていないではないか。
川島は恐る恐る宗像に尋ねた
『社長もしかして、その格好で・・・』
宗像は少し照れくさそうな表情を一瞬浮かべ
『うん!
これで行く!いやな、女房のヤツがこのデザインのやつが一番わしには似合うって言ってくれてな。君もタンスに気に入ったのがあれば遠慮せずにそれで行きたまえ。』
と少年のような目で即答した。
川島はもう諦めたようだ。
その格好の宗像を車に乗せ会場へと急いだ。

ふたたびこちらは吉宗とニアピン、ついでに運転手の星山さん。
なにやら吉宗の自宅についたようだ。
自宅前ではなぜか吉宗とその母<ヤエ>が熱い抱擁を交わしていた。
すわ、告訴か?ってとこまでいっていた二人がなぜ?
なにやら二人の話し声が聞こえてくる
『なーんだママン、データを消したのはジャイ子のだったのかー。だったら大丈夫だよ、あいつのはまだレベル2だから取り返しがつくよ。
俺のデータだったらレベル38だから相当時間が掛かるけどね。なにせ今まで全部スライムだけ倒してきた経験値だからね。いまだにこんぼう使ってるしさ。』
なにやら誤解があった様子である。
ハイヤーの中ではニアピンがぐったりしていた。
どうやらあの後も吉宗にかなり殴られたらしい。
吉宗は大きな声で
『ベホマ!』
と叫んだ。
するとニアピンの体からみるみる力が湧いてきた。
吉宗は星山さんに20000ペソを渡して早速新入社員歓迎会の支度を始めたのであった。


第五話 2002年はどうですか?

(完)

次号熱い「熱いお湯は好きですか?」をお楽しみに!

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