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遅刻した菊正宗は事務所へ入るなり
『うぉー、だ、だ、だ、ぎひゃー!!!』
とハンマー投げの選手が投げおわった後、気が狂ったように叫ぶのと同じようなさながら室伏選手(むろふしと読むが時たま「むろぶせです」などと舌ったらずに言う人もいる)のごとく狂い叫んだ。
何かを威圧でもしているのだろうか。でも本人は相当満足そうな表情を浮かべていた。
少し遅れて入って来た宗像社長が苦笑いを浮かべながらつぶやいた。
『やりおるなー、奴は。わしの若い頃にくりそつだよ、ふふふ・・・』
そこへ万年係長が慌ててすっ飛んで来た。
『武蔵丸ー!貴様初日から遅刻とは良い度胸してるじゃないか、えー。遅刻した理由を言ってみろ、理由を!』
血相を変えてすっ飛んできた万年係長だったが、現役横綱と名前をまちがえてしまってはその迫力も半減するといったものだ。
武蔵丸の師匠が武蔵川親方だから、まちがえじゃないって言えばまちがえじゃなのかもしれないが。
『武蔵丸じゃ横綱っすよ、よこずな!僕は武蔵川です。何をまちがってんだか。そんな事だから万年係長なんて言われるんすよ。あんたは!』
菊正宗が鬼の首でもとったかのような態度で万年係長に悪態をついた。しかしすぐにその態度のまずさに気づいたようで、遅刻に対しての言い訳を話しはじめた。
『まことにすいません。昨晩眠る前にベホマを覚えたところまでは記憶にあるんですが、なにせ今朝一番で親父のリストラの話しを聞いて二人して朝から焼酎を飲んじゃって。あ!でも大丈夫です。ちゃんとブレスケアを飲んできたからそんなに匂わないっすから。まだ飲めって言われれば飲めるし、おふくろなんてアルコール依存症だから俺なんかよりぜんぜん飲みますしね。今朝なんてウォッカを口にためて口の前でライターの火をつけて、「ヴォー」って威勢良く火を吹いてましたよ。やっぱおふくろにはかなわねーやって思いましたよ。それとなんか昨日「あたしもデヴィには3000万円貸してるんだよ、吉宗」なんて事も言ってたなー。」
もーなんだか遅刻の理由になんにもなってないような言い訳を淡々と話している菊正宗の横っ面を、万年係長は頬を「ぷるるん」といわせながらおもいきり張り倒した。
スクールウォーズの滝沢賢治先生を彷彿とさせる、あのほっぺがやや落ちて目が潤み、ヅラみたな真ん中分けをしたそんな風貌の万年係長が本人さながらに(大分真似ているらしい。でも仇名は<まんねん>だ。)
菊正宗を叱咤した。
『くやしいか!』
菊正宗もそれに呼応するようにラグビー部主将、アッコの弟でありマスターの事を義兄さんとしたっている森田さながらに吠えた。
『くやしいです!』
こうなったら止まらないのが万年係長。どこからともなくラグビーボールを持ち出し、おもむろにあのオープニングで流れる映像の<滝沢賢治伝説の50mゴールキック>を社内できっちりと再現して見せた。
あの長くきれいに伸びる右足。ちょっと残像が残る感じで足に吸い付くような錯覚さえ起こさせるボール。
万年は完全に自分に酔っていた。
その姿を見て万年の肩を揺さぶりながらなにやら言っている青年がいた。
それは菊正宗でもなくましてかつて賢治と土手で競争をした白人男性のマークでもなかった。
『賢治、カッタンダヨ!カッタンダヨ賢治!』
万年係長、<ブワッ>っと音が見えるぐらいの号泣。
しかし誰だこの青年は。よく見ると左胸のあたりに名札がついていた。
『−アメリカ人、ボブチャーリー三世ジュニアシニア−』
え!ボブってあのブラウンか?万年係長はあいも変わらずなんか軟弱そうな社員を選んで、「トルエンなんか駄目だイソップ。このライジングサンを思い出せ!」と万年自信がトルエンをやってるんじゃないかと錯覚してしまいそうなほどスクールウォーズな野郎になっていた。
もー昇進はねーなこいつは。
菊正宗はブラウンの姿を見て驚きを隠せずにいた。
『ブラウンなのか?だって一話目の<鼻ちょうちんで飛べますか?>で壮絶な最後を迎えたじゃないか。それがなぜ今ごろ第三話になって・・』
菊正宗の言葉はもっともだった。あれほど掻き毟ってはいけないと言われていたアトピー性皮膚炎を狂ったように掻いてしまったのが原因で、壮絶な出血多量と言う最後を迎えたはずのブラウンがどうして生きているのだろう。
少し間を置き、ブラウンが口を開き始めた。
『驚かせてサドゥンリー、菊正宗。あれはインディアンジョーク、つまり僕と社長のアトラクションだったのさ。楽しんでくれたかい?HAHAHAHAHA−!』と社長に軽くウィンクしたブラウンだった。
社長は年頃の生娘のように少し頬をうす紅色に染め、しきりに鼻の頭を掻いて照れていた。
『ブラウンの方から打診があってな。それならばとわしも一芝居打ったんじゃよ。お前が鼻ちょうちんで飛ぶところまではさすがに台本にはなかったがな。ぶわーっはっはっは!』
豪快に笑い飛ばす社長であったが、なんだか菊正宗はきつねにつままれたような気分だった。
実際菊正宗はきつねにつままれた事がある、非常に人類としては珍しい体験の持ち主であった。
ちょうどきつねにつままれた時がこんな感じだったとかそうでないとか。
菊正宗はブラウンと熱い抱擁をかわすと、続いて宗像社長を殴り飛ばした。
『勝ってから泣け!勝ってから。負けて泣くな。』
この言葉を聞いて万年係長が我にかえった。
ついさっきまでは先程の軟弱社員をデスクの上に寝かせ、灯油を入れるポンプを咥えさせ、頭に包帯をぐるぐる巻きにした軟弱社員を励ましていたが、ようやくこっちの世界に帰ってきたようだ。
社長も辛口一献の中尾彬が最後に飲みおわったあとの、あのどうでもいい照れくさい様な<これだよこれ>みたいなへなちょこな演技をしている顔をしていた。実際ついさっき辛口一献を飲んでいたところを目撃した社員もいるようだ。
社長は入社式での非を詫び、営業部全員を今夜飲みにつれていく約束をしてその場を川島専務と共に去って行った。
川島専務は専務でこれからストーキングする女子社員をしっかり物色していったようだ。
ようやく職場にピリピリした雰囲気が漂ってきた。
万年係長がふいに仕事の説明を話しはじめた。
『我が社が扱っている商品は・・いいか、驚くなよ。我が社が扱っている商品ってゆーか、扱ってない商品はこの世にはない!なんでもかんでも売っている会社。コンビニを超えたと言われるスーパー事務機器販売会社。それが我が社<ビー・アオ・トラバイオ>だ。君たちの一ヶ月のノルマは960ヘクトパスカル、つまり日本円にして500万円だ。これは絶対に達成しろ!とりあえず最初の一ヶ月は右も左もわからないだろうから君たちの先輩を教育係として各人に一人づつつけるから、なんでも吸収するんだ。いいな!』
武富士のCMに巨乳なしかー・・と菊正宗は考えこんでいたが、そこへ菊正宗の教育係の<山本山元山(やまもとやまげんざん)>が声をかけた。
『なんだ武蔵川、武富士のCMの事が気になってるみたいだな。え?なんでわかったかって?さっきからうわ言のように「ボンジューヒドバーソ、ヘーンデミトラー」なんて武富士のCMソングを繰り返し歌ってれば誰でもわかるさ。で、なんで巨乳がいねーかって思ってんだろう。図星かーおい。俺もなんでかなってずっと思ってたんだけどな。』
菊正宗は山本山のその千里眼に脱帽したね。トラは一日千里を走る。全然関係ないなこれは。菊正宗は山本山にふとした疑問をぶつけてみた。
『山本山さんてすごく変わった名前ですよね。なんか上から読んでも下から読んでも同じようで同じじゃないような・・なにかしっくりいかない部分があるんだよなー。なんでだろう?』
うーん、それは確かにそうだ。なにか附に落ちないなー。その答えは山本山自信の口から聞くべきだろう。
『はっはっは!なかなか鋭いじゃないか、武蔵川。俺の名字が山本山で名前が元山、この名前の元が本だったらまさにちょー山本山本山になるんだけどな。だから俺の仇名は「ニアピン」ってんだ。おまえもニアピンさんって呼んでくれよ。』
このニアピンは趣味が競歩なのだが、この競歩の世界では知らないものがいない程様々な大会ってゆー大会のタイトルを総なめにした男だった。<海苔の流れ星>などと呼ばれしばしばテレビなどにも出演した経験を持つスーパーアスリートなのだ。
しかしこのスーパーアスリートも昨年の社内大運動会ではリレーのアンカーを勤めたのだが、頑なにランニングスタイルを変えずにみんなが走っている横を「プリップリップリ」と魅力的な尻を揺らしながら競歩で果敢に挑んだのだが、悲しいかな全く歯が立たなかった。<走っていれば勝てたさ>そんな言い訳を普通の人ならするところをニアピンは言い訳は一切せずに上司に辞表を叩き付けた。
『もう歩けません。』
かつての名ランナー、円谷幸吉のような台詞を言ったつもりだったが走れませんだったらかっこいいけど歩けませんじゃなー。
しかしその上司は「来年は走ればいいじゃないか」とニアピンを諭し、辞表は破り捨てたそうだ。
その上司こそ万年係長である。
以来ニアピンは競歩の大会でスタートしたとたんに走ってしまい即失格の連続の大スランプに陥ってしまった。
『お尻がプリプリ言わないんだよ!良い時はあんなにリズミカルにプリプリプリプリしてたのに・・・くっそー、プリつきてー!!!』
競歩の王者も史上最大のスランプに陥ったようだ。
ちなみにこのニアピン、100mを9.75秒200mを19.20秒で走るモーリスグリーンとマイケルジョンソンを足してさらに引いてから高さ/2したような男である。たまたま競歩が好きな為に陸上会からはお呼びが掛からないが、実はオリンピックで軽く金メダルが獲れるほどの器なのだ。<史上最速のサラリーマン>それがこのニアピンだ。
兎にも角にもこのニアピンと今日から行動を共にする事になった菊正宗だった。
その時だ、
『ウーーーーーーーーー』とお昼のサイレンが社内に鳴り響いた。
菊正宗はどうもこのサイレンに敏感に反応してしまう習性があるようで、突然
『ウォーン、ウオウオーン』
と狂ったように遠吠えをしはじめちゃったんだ。
僕も某精神病の入院患者でこのような人を沢山見た事があるので、菊正宗がちょっと心配。
入院するような事にならなければいいが・・。
『な、なんかお前恐いなー、気でもふれたか?今度俺と一緒に病院にでも行くか。大丈夫、俺のおごりだよ。ぶっひゃひゃひゃ。とりあえず昼飯でも食いに行くぞ。この斜め前にゴゴラドドラって喫茶店があるからそこにするか。』
そう言えばさっきからお腹がグースカピースカ鳴ってると思ったらもうそんな時間だったのか。菊正宗はしょうがなしに遠吠えをやめて、大急ぎでレスリンググレコローマンスタイルのユニフォームに着替えて、グッと腰を落とし両の手をすーっと前方へ構えニアピンをキッとにらみ、まさに今襲い掛からんといった表情でつぶやいた、
『乳首見えてるっすか、ニアピンさん』
こー答えゴゴラドドラへ向かった。
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