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波乱の入社式から一夜が明けた・・・
朝九時、ビー・アオ・トラバイオの仕事はここから始まる。
社のエレベーター内で宗像社長と川島専務がなにやら話しをしていた。
『ところで川島専務、今年は何名の新入社員が入社したんだね。』
『えーとそうですね、150名の精鋭達が本年度は入社いたしました。』
『そうか、150名かー・・・・・何!150名?川島君、きみ正気か!我が社は全員合わせても100人
足らずの会社だぞ、それをいきなり150人もの新入社員をとるなんて君それは狂っとるよ。この、
ケダモノめ!』
川島専務の顔色が目にみえて見る見る変わっていった。
『川島彦助54歳、ケダモノと呼ばれたのは本当にひさかたぶりでございます(最初に言われたのは女房のヨシノらしい)。
お言葉ですが社長、150人もの新入社員をとると言い出したのは社長じゃございませんか。私は何度も反対したのに・・・。
このアルツハイマーリーチ!』
宗像社長はその言葉を聞いて、まさに「怒髪天を付く」のごとくにその表情は鬼と化していた。
『彦助ー、何がアルツハイマーリーチだ?わしはリーチどころじゃない、
リアルアルツ!つまり本物のアルツハイマーそのものじゃー!そんじょそこいら
のボケ老人と一緒にされてはこまるぞ。レベルがちがうんじゃ、レベルがな。』
まさかの宗像社長のアルツハイマー宣言を聞き川島専務はもう我を失っていた。その証拠に左の手のひらを右の脇の下にあてがい
その右腕を上下にリズミカルに振り「ブッブッブ」とおならの音を真似てしまうほどに気が動転していた。
それでもさすがに専務たるも
のすぐに冷静さを取り戻し、すかさず社長に詰め寄った。
『社長がただのボケだかアルツハイマーなのかは私にはわかりかねますが、その状態で社長職が勤まるのですか?どうなんですか社長』
その専務の言葉を聞いて社長もさすがにドキっとした表情を見せたがすぐさま凛とした表情に変わりこう言った。
『川島君、わしは一日に4つや5つの事を忘れてしまうんだが、その変わりに10や11の事を覚えているつもりだ。差し引き貯金5〜6ぐら
いあるんだよ。ね、ノー・プロレスリングだろ。』
川島専務はプロレスじゃないと言われてもなんの事やらわからなかったが、貯金がそのぐらいあればいいかなとも思っていた。
『それでしたら特には問題無いと思います。そー言えば社長、「喫茶ゴゴラドドラ」はご存知ですよね。」なにやら含みありげに川島専務
が社長に問い掛けた。この喫茶ゴゴラドドラとはビー・アオ・トラバイオの自社ビル六階にあり、営業部のはす向かいの軽食屋である。
『薮から棒になんだね。知ってるも知らないも川島君とよくエビピラフを食べに行くところだろう。だけどあれだな、あのマスターはどうも
わしは苦手でな。いつもよだれを垂らしてギョロギョロした目つきをしてるし、それに店内になにか嫌な音色の太鼓の音が「ドンドコドンドコ」
って鳴り響いていて、ついつい土俵入りをしちゃいそうになっちゃうんだよなー』
もっともですと言わんばかりの表情で川島専務は続けた
『確かにそうですね。しかしマスターは日野日出志フリークなのですからその辺は目をつぶってあげないと。実は社長、私が言いたい
のはその事ではないんです。あそこでアルバイトをしているお加代ちゃん、ありゃー社長にホの字ですなー。』
社長、ちょっと鳩が豆鉄砲を食らった表情を一瞬見せてしまった。
『川島君冗談きついなーもー、全くジョークが好きだから君は。ほんとに冗談ばっかり言って・・・マジ?それって大マジ?
だってお加代とわしじゃー30は歳が違うぞ。それを君突然そんなホの字とかな
んとか言ってもわしどうしていいか。うん。わし決めた。ちょっと今から女房のとこに行ってきて離婚届に印鑑
を押してきてもらうから、君はお加代にプロポーズしといてくれ!それと伊勢崎市にプリン・ド・メロンって式場があるから全会場予約を入
れておいてくれ。なーに、時間差で回れば夕方には披露宴も終わるって。』
川島専務、大慌て
『ちょっと待って下さい社長。離婚だとか私がプロポーズするだとか式場の予約だとかそんなのはお加代ちゃんに直接聞かなければわ
からないじゃないですか。あまり先走っていると取れる獲物も逃しますぞ』
社長は2、3度フェンシングの突きのポーズを繰り返し、ようやく我に帰った。
『いやー、すまんすまん。どうもわしは先へ先へとあせってしまうなー。戦時中アメ公とやりあった時も何度この性格で命を落としそうに
なったかわからんよ。今でもジャックの喉元にナイフを突きつけた話しは連中の語り種になってるがな。』
川島専務は苦虫を噛み潰しながらこう言った
『社長、あなたは戦後の生まれじゃないですか。あまり妄想ワールドへ行ってしまうのは止めて下さい。』
さすがに社長はバツが悪そうな顔をしていた。
『だってわし、趣味っていったら妄想ぐらいしかないんだもん。それはそうとさっきのお加代ちゃんの件、川島君確かなんだろうね。いつ
かの茜くんの時のような事はもうごめんだよ。』
茜事件・・・。ビー・アオ・トラバイオの社員であれば誰しもが知っている事件だ。
茜くんとは今から二年前まで総務部のOLをやっていた女子社員だった。
宗像社長は川島専務の「茜は社長にホの字ですね。」の言葉を
信じて果敢にトライしたのだが、当社はじまって以来のセクハラ訴訟事件にまで発展してしまったのだ。
『しかし社長、茜くんじゃーなくともフルチンで朝一から抱きつかれたらそりゃ実刑を食らわなかっただけでもよしとしなければ。でも社長は
まだいいですよ。私なんか最近じゃ趣味のストーキングさえままなりませんよ。なんせストーカー条例やらなにやらが制定されちゃって、
動きづらいのなんのって。』
『えっ!川島君?君ストーカーだったの?あれって捕まったりしないの?だって君犯罪だよあれは!』何を言ってるんですか、とでも言い
たそうな川島専務だった
『社長、あなたが心配するような事は何もございません。アマストーカーだったらまだしも、私はプロストーカーですよ。
ちゃんと国家試験もパスしているんですから安心して下さい。』社長ようやくほっとした表情
を見せていた。
『いやー、人は見かけによらんと言うけれどまさか川島くんがプロストーカーとはねー・・・・。わしもなれるかな?』その言葉を聞いた
川島専務の表情が一変した。
『なめてもらっちゃ困る!プロストーカーとは一次試験にあたる筆記試験の倍率が500倍ですよ。しかも二次、三次
と試験が進むにつれてなお震いにかけられるのですぞ。それでも私は昨年の世界選手権ではなんとかベスト8に入りましたけどね。』」
社長、自分の顔の前で柏手をパーンと小気味よくうってこうまくし立てた。
『川島君、今の今までストーカーをばかにしていたが君のようなプロストーカーを目の当たりにしてわしストーカーを見る目が変わ
るかもしれん。』まんざらでもないって顔の川島専務だった。
『そう言えば今をときめくプロ野球選手の坂本投手。彼あー見えてもプロストーカーなんですよ。そうですよ、あの日本のプロ野球史上
はじめての最多勝と打者三冠王をとったあの坂本ですよ。』
その他にもオフにタケコプターで北海道から沖縄までを飛びきったと言う、伝説の日本記録ホルダーでもあった。
『なんと!あの坂本選手もそうなのか。だんだんとストーカーの存在も認知されてくるのかなー。』社長はしみじみとそう言った。心なし
かその瞳は潤んでいた。川島専務が上機嫌で続けた。
『そんな世の中がきたらどんなにいいか。なんだったら社長、私が直々にレッスンいたしましょうか?あーはっはっは!あ、社長もうお
時間がございません。もうそろそろエレベーターから降りましょう。』
そう言えば二人はもーかれこれ三十分以上もエレベーターに乗りっぱなしであった。
『そうだよ!早いとこ各部署を回らなかればお加代のとこに顔がだせんじゃないか。じゃー今日のお昼はゴゴラドドラって事でいいね。』
ようやく二人はエレベーターから降り、営業部へと足を早めた。
時を同じくして、菊正宗がさながら精神病患者のように歌い叫びながら営業部へと向かっていた。
『やあぱりー、おーれはー、はあーあー、きくま、さーむうーねえー!相変わらずこの歌は群を抜いてるなー。』気が触れたようにこの
フレーズを五十回は繰り返していただろうか。喫茶ゴゴラドドラの前でばったり宗像社長と川島専務にでくあわしてしまった。すぐに宗
像社長が菊正宗の存在に気づき声をかけた
『武蔵川君、いいねー!仕事初日から遅刻かい?今何時だと思ってるんだー!』そう!そうなのだ。すでに時計は
9時30分を3分ばかりすぎていた。ビー・アオ・トラバイオ・の始業時刻は午前9:00からだから、おもいっきり遅刻であった。
『いや、でも、僕の時計はさっきからずっと8:55分だし・・。一番長い針はぜんぜん動いてないけど、昨日リストラされた親父もよく「吉宗、
男はいちいち細かいを気にしちゃいかんぞ」なんていつも言ってるし、アルコール依存症のおふくろは「ラーの鏡がみつからないのよ。それ
とパルプンテの呪文を唱えるとなにかパーティーがしょっちゅう全滅しちゃうのは吉宗の仕業なのね。」なんて言うもんで、あのー、
そのー・・。そうだ、それと僕の妹が最近ストーカー被害にあっていてまいってるって言ってるんですよ。偶然ストーカーが逃げる姿を
キャメラに収める事に成功したんですが、その姿がどうも川島専務に似ているんですよ。』
社長は言い訳にもううんざりと言った表情だった。
『とにかく、すぐ事務所に入って万年係長(まんねんと書いてまんどしと呼ぶらしい)に誠心誠意あやまりなさい。彼もあー見えて
モーニング娘のファンだそうだから大目に見てくれるはずだ。』
社長は寛大な態度でまさにボスたるところを見せていたのだが、川島専務は先ほどからブルブルと震えながら大粒の汗を大量
に流し、失禁もしているようだった。幸いにも大人用おむつを常備しているので大惨事はまぬがれた。そしておそるおそる川島専務が
先程菊正宗が言っていたストーカーの写真をまじまじと見ながらに話しをしだした
『む、武蔵川君。こ、この写真は私じゃないよ。世の中には自分に似ている人間が三人いるとかよく言うじゃないか。ど、ドッペルゲンガー
なんて会ったら自分が死んでしまうって言うしなー。そ、それに僕はプロだしアマチュアじゃないし、君の妹だとは思わなかったし、それにベスト8に入ったし・・・・』
並のデブ以上の汗を流しながら川島専務は訴えた。
『専務、何を言ってるんですか。僕はストーカーって意味を知らないですから大丈夫!妹には「野良犬に噛まれたぐらいムツゴ
ウロウの親指がなくなったのに比べればよーしよしよし」とでも言っておきますよ。』
川島専務はそれを聞いて涙をながしながらこう言った。
『ありがとう、武蔵川君。今度からは失敗しないようにストーキングするよ。』その言葉を聞き終えた菊正宗は、静かに事務所のドアを開いた・・・。
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